こんにちは、ももかです。@momohsphss
相手の愛情を確認する行為は、「試し行為」とか「試し行動」と呼ばれています。ネットで検索すると、わんさか記事が出てくるんですね。
私は、女優の遠野なぎこさんのブログで、この言葉を知って衝撃を受けました。

私、これやん!!!
って(笑)エセ関西弁
で、試し行動について調べたくなるじゃないですか。記事によっては、発達心理学で使われる用語と書かれていることも、あるんですが。
特定の提唱者や理論って、ないみたいです。
愛情の試し行為という破滅的な関わり方と気質・性格についての記事を書きたくて、改めて調べたときに、「論文なくね?」っていう声を見かけたんですね。
たしかに……と思って、そこから、めちゃくちゃ気になりまして。
もう少し詳しく調べてみたところ、試し行動・試し行為っていう用語は日本独自に発展した俗称という結論になりました。
なので、この記事は私の思考整理をかねて、調べたことをまとめる回になります。
試し行動・試し行為という言葉
試し行動や試し行為という言葉は、子育て分野、恋愛関係の分野でよく使われているようです。
子育て分野
子どもが母親の愛情を確認するために、わざと困らせるような行動を取ることを指しています。
- おもちゃを片付けない
- 大声を出して騒ぐ
みたいな、言うこと聞かない態度を取って、無条件の愛情を確かめているのですね。そこで、母親が全肯定して要求に答えてくれると、精神的に安定した大人になれる。
ざっくり、こんな感じです。
試し行動は、成長過程で自然と出てくるプロセスだとしても。
あまりに過剰だとワガママになるし、自制心が育たない、といった懸念もあり、幼児教育や対人支援の現場では重要なテーマになっているのですね。
大人になると愛着障害との関係も
大人になっても試し行動をする人がいて、その場合は愛着障害との関係も出てきます。
小さいころに満たされなかった愛情
不安定な愛情表現
これらが恋愛面で出てきたとき、パートナーに重荷になる形で不安を表現してしまう行為全般を「愛情の試し行動(試し行為)」と呼ぶようです。
試し行動・試し行為そのものに理論はない
私が調べた限りでは、試し行動・試し行為そのものを研究した論文は見当たらず、特定の提唱者の存在も不明でした。
ただ、幼児教育、里親関係の分野では、言葉自体は本当によく使われています。(現場経験がないので、あくまでネット上で見える限りですが)
で、愛着の考え方がベースにあるんだろうな……というのは、なんとなく察しがついて、手持ちの文献で探してみました。
そのなかで、愛着に問題があるクライアントは、カウンセリングにおいてセラピストを「試す」ことがやめられない、という話が掲載されていました。
ストーン(Stone, 1996)は、多くの患者たちはセラピストを「試す」ことをやめられないという。
なぜなら彼らは過去において、最初の養育者たちから受けてきたことと同じトラウマ(通常は良い子でないことを理由に見捨てられたり、罰せられたりすること)を、現在においてセラピストから受けるかどうか確かめたいからである。
愛着障害としてのアディクション
試し行動・試し行為という言葉こそ使われていませんが、そうした現象が起こることは言及されてました。
日本独自に発展した俗称ってことかな
現段階で、私の結論としては、試し行為・試し行動という言葉は、日本独自で発展した俗称ってことになりました。
「試した」「試された」とか、「困った」「困らせた」というのは主観的な行動だから、客観的にデータが取りにくく、研究題材になりにくいと分析されていた方もいました。
察する文化と間接的に愛情を推し量る行為
たしかに日本は察する文化だし。
「言わなくてもわかってよ!」という態度に敏感になり、間接的に愛情を推し量る行為が問題に上がりやすいのかもしれません。
私は試し行動をしちゃう側の人間でしたので、される側の気持ちは、あまり身近ではなかったですが。
ただ、思い返せば、私のリアクションをコントロールされている感じがする。。。と、なんとなく感じ取った経験はあります。
そんなことないよ
大丈夫だよ
大変だったね
そう言わざるを得ないような、雰囲気にもっていかれる、みたいな。それこそ「察してよ」ですね(汗)
対人関係を楽にする大切なキーワード
試し行為・試し行動そのものに、特定の提唱者や理論はないけど、対人関係を楽にするためには大切なキーワードだと思います。
どうやって扱っていこうかな~と考えていたので、記事にして思考整理させていただきました。
間違っているところがあれば教えてください<(_ _)> @momohsphss