才能から逃げてきた女が才能発揮方法を解説する

「才能」という言葉がキライだった、ももかです。

才能を開花させよう!才能を伸ばそう!って、よく聞くじゃないですか。そう言っておけば特別っぽい…みたいな思考停止ワードに感じて「才能がないと口にしたら負け」くらいに思っていたんですね。

他人と違うことを強調して「そのレアな能力は才能です!」みたいな説明を見ると、その能力で苦しんでるのに、なんでわざわざ認めて伸ばさなきゃいけないのよ!って、反発心が生まれてました。

たとえば人より繊細、感受性が豊か、傷つきやすい、こうした日常生活を送るには障害に感じてしまう特徴が【才能】というなら、才能がなくなれば楽に過ごせるんじゃないかと考えちゃうんですよね。

だから傷つかなくなる、刺激を受けなくなる、人と関わらなくてもいい。そんな手段を探しまくってました。

が、しかし。才能を発揮する方法を記事にまとめました。自分のもっている性質を憎み、否定し、逃げてきたなかで、逆に才能について深く考えることになったからです。

断固として使用を避けてきた言葉だけど。いま「才能を発揮していると言っていいのでは?」という状況になったから。

才能を発揮して充実感を持って働きたい。得意な分野を見つけてプロフェッショナルになりたい。好きなことをしながら、お客さんにも喜んでもらいたい。

そう思っている人は、ぜひここで説明する考え方を身に着けてほしいなと思います。

才能を「もつ/自覚する/使う」に分類する

才能をもつことと、使うことは別物です。なので、はじめに全体の流れを見ていきましょう。

  1. 才能をもつ
  2. 才能を自覚する
  3. 才能を使う
  4. 才能が評価される

この4つのうち、どの部分が才能を発揮している状態だと思いますか?

才能を発揮してから伸ばすまで

さらに分解していくと、才能を発揮することと、伸ばすことも別物です。

  1. 才能をもつ
  2. 才能だと自覚する
  3. 使う場所を決める
  4. 才能を使う
  5. 評価される
  6. 足りない能力を身につける
  7. 才能を使いながらさらに向上させる(伸ばす)

本来はこうしたプロセスがあるんだけど、他者の目に見える形であらわれるのが

5.才能を評価される

7.才能を使いながらさらに向上させる(伸ばす)

このあたりの行動なので、客観的な事実を説明しやすくて話題になりがち。有名な学校に合格した、大企業で働いている、昇進した、みたいな。だから才能を発揮する条件が他者の評価ありきになる。

そうではなく、もっと前の段階を細かく見ていくと、もっている性質を活かせるようになります。

適職診断を効果的に使える人

自分に向いている仕事がわからないとき、適職診断をやると思います。これは才能を使う場所を決める段階です。

あなたに向いているのは、教師、カウンセラー、システムエンジニアです

あなたは○○タイプなので、人と協力してチームで働く職場を選びましょう

こうしたアドバイスを受けて自分にあった仕事を選べる人は、その前の段階である「才能を自覚する」をクリアしている人です。

じゃあ、才能がないと適職が見つからないの?

と思うかもしれませんが。

すべての人が才能をもっていて、使うか?使わないか?の違いです。

すべての人が才能をもっている

才能の意味を調べると、

ある個人の素質や訓練によって発揮される、物事をなしとげる力。

物事を巧みになしうる生まれつきの能力。才知の働き。

だそうです。

これを私の言葉に置き換えると、才能は先天的に生まれもった性質と、後天的に身につけた能力に分解できます。

先天的に生まれもった性質

先天的に生まれもった性質とは、気質、認知特性、遺伝子の情報、生存本能に組み込まれたもの、ですね。

個人の性質として体の内側に所持しているけど、それだけでは他者が評価できる行動として識別できないものです。

たとえば、見たものを写真のように記憶する認知特性をもつ人がいますが、これは能力というより、もって生まれた性質です。

後天的に身につけた能力

先天的に生まれもった性質も、後天的に身につけた能力がなければ才能として発揮できません。

冷静に考えると、生まれた瞬間から円周率を全部言える赤ちゃんとか、二刀流で野球ができる赤ちゃんとか、いないですよね。

見たものを写真のように記憶する認知特性をもつ人も、絵を描く、字を書くといった能力と合わせて、はじめて使えるようになります。

才能は尖った部分ではない

才能とは先天的に生まれもった性質と、後天的に身につけた能力のことであって、他者より突出して成果を出せている部分ではありません。

才能という言葉が、なんとなく自分には関係ないと思えてしまうのは、尖らせることを考えすぎだから。

私はNHKのプロフェッショナルや、情熱大陸に出てくるような、仕事として成り立つ技術のなかで、さらに突き抜けたものが才能だと思っていたんですね。

だけど私がやることは、そこそこの成果だし、けっきょく生活の支障になるし、デメリットの方が多いと感じる。だからデメリットに振り切って突き抜けるって、もう拷問だと思ったんです。

いま振り返ると、行動の結果(評価)だけを見て「才能」としていたんですね。

才能を発揮するというと、

  • 世界を変える
  • 特異な部分
  • 稀有な能力

みたいなキーワードを連想するけど、本来は自分が先天的、後天的にもっているものを使うことです。

人から褒められることを捨てる

よく強み弱み、得意不得意を見つけるには、「自分では簡単にやっているけど、人から褒められることを探そう」って言うじゃないですか。

これ他者に提供する前提になっているんですね。

自分の好きなことを優先できる人や、地位名誉のために割り切って考えられる人は、他者目線を取り入れることで、ちょうどいい領域を見つけられますが。

周りから求められること、受け入れられそうなことを優先しがちな人は、他者から褒められることを捨てた方が本来やりたいことが見つかります。

他者の視点を一旦全部忘れて、自分が好きだと思うこと、夢中になっていることを振り返ってみる。

仕事が続かない人は、下の記事も参考にどうぞ。

「才能だと思っていいんだ」と自覚する

才能が発揮できなくて悩んでいる人は、「評価は関係なく、才能だと思っていいんだ」と自覚することが大事です。

  1. 才能をもつ
  2. 才能を自覚する
  3. 才能を使う
  4. 才能が評価される

才能の自覚を飛ばして、向いてる業界や職場を探そうとすると、才能を使う場面になって違和感に苛まれます。

好きなことを選んでいるつもりで、他者から求められること、周りが受け入れてくれそうなものを選んでしまうから。

才能が発揮できない人は、ゴールを遠くに設定していませんか?他者の評価はずっと後です。才能とは、本来もっと自分に近いものです。

褒められなくてもやりたいこと

才能を使って、さらに他者の評価や報酬といった物質的な結果が出て「発揮された」としてしまうから、なかなか才能を発揮できないと思ってしまうんですね。

使える場所から探そうとすると視野が狭まってしまうので、評価は関係なく才能だと思っていいんだと考える。そうすると、使う場所が見えてきます。

平和が好きな人は、ボランティアとか、数値の評価が少ない環境を選べばいいし。勝負が好きな人は、勝ち負けがハッキリしていて、登り詰める山が高い方を選べばいい。

他人から褒められなくてもやりたいこと、ありませんか?

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