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プロフィール
ばば ももか
心理カウンセラー
\ 扱いづらい私を好きになる!/
高共感体質の生きづらさ専門カウンセリング

HSP/HSS型HSP/エンパスの研究6年目。当事者の方から相談を受けるようになって4年目。

HSS型HSP気質で、高い共感力と両極端な二面性に振り回され、適応障害・摂食障害、愛着の問題を抱えていた。

共感と認知スタイル(ものの見方)が引き起こす生きづらさを解明し、克服した経験をもつ。

230人以上の相談実績があり、分類名の特徴と人格を区別し、本来の持ち味を活かすこだわりがある。

モットーは「肩の力を抜いてラフ(Laugh)に生きる♪」

システム手帳にハマり中。
ミニマルライフを目指したい。

自分の扱い方に悩んだ日々。私は私として生きると決めた

こんにちは、ももかです。@momohsphss

私の過去を記事にしようと思います。とっても長文(6000字)なので、ゆっくり読んでくださいませ。

目次

大学生「勉強すれば自分がわかるかも」

小学生で乙武さんの五体不満足を読み、中学生で知的障害や発達障害に興味を持つような子どもでしたが。

本格的に心理学の勉強を始めたのは、自分自身が心療内科に通った経験がきっかけでした。

勉強すれば自分のことが解明できると思ったのと、人の行動の背景に興味があったから。

  • 人の価値観はどうやって作られるのか
  • なにがあると価値観が変わるのか
  • どういう人生経験を経て、いまの言動になっているのか
  • なぜ、こだわりが生まれるのか

こうした部分を自然と想像するんですよね。

普通になりたい

高校1年生で適応障害と診断されて4年間投薬治療を受けました。

教室にいられなくて保健室に駆け込んだり、薬の副作用で遅刻と早退が増えたり。友達はたくさんいて心配してくれたけど、上手く自分の状況を話せませんでした。

小さいころから、人と一緒に何かするのが当たり前な環境で過ごしてきたので、動けなくて孤独な自分がイヤだったんでしょうね。

「なにかしなきゃ!」っていう気持ちで、2年生から居酒屋でバイトを始めました。

でも忙しかった次の日は疲れすぎて朝起きれないっていう。自分で自分を追い込むクセは、このころ身についた気がします。

なんとか高校を卒業して、大学で心理学を勉強したけど、カウンセラーの道には進みませんでした。

大学生になると症状が改善されて、楽しい毎日を送っていたからです。同じ分野に興味がある友達ができたのと、自由に知識を追求できる環境が合っていたみたいです。

それでも病院に通った経験は黒歴史で、本当に仲の良い友達以外に言いたくなかったし、無自覚に「もう必要ない!私は普通だ!」っていう強い抵抗感をもっていたみたい。

入学時にはカウンセラーの道も少し頭にあったけど、就活のころには全然違う業界に興味が湧いていました。

社会人「とりあえず成果は出る」

家族が苦手で離れたかったので、入社3か月くらいたったとき、上司に「一人暮らしを考えている」とポロっと言ったら、社宅(普通のマンションを会社名義で借りてくれるやつ)を手配してくれました。

なんかわかんないけど一人暮らしを始めることになり、ようやく大人になれたと思いました。

仕事は営業、販売、事務、フリーランスと職を転々としたけど、どれも1~2年すると世界が闇に包まれるように絶望感が襲ってくるんですね。

どの仕事でも、

  • この人が大切にしていることはなんだろう?
  • 組織が向かいたい方向は?
  • 求められている振る舞いは?
  • この集まりでは、どんな発言が正解?
  • 上司はどんなタイプで、どんな部下を求めている?

と考えたうえで、言われなくても自分なりに工夫して動くので、上司からもお客様からも評価が良く、成果も出ます。

だけどストレスで心と体が限界を迎えて、自分がビリビリに破けて壊れちゃうんじゃないかっていう感覚がやってきます。

人当たりの良さと行動力

ちょっとした表情や声のトーンの変化から、「あっ、いま緊張ほぐれたな」とビビッと感じるので、喋るのが苦手そうな人と距離を縮めるのも得意でした。

アパレル販売では、「最初は無表情だった人も、馬場さんと話すと笑顔になって帰っていくね」と言われたこともありました。

営業をしていたときは、先輩たちが関係構築に挫折したクセのある社長から直電をもらうことが何度もあって、開拓者みたいな扱いをされたり。

常に周りとのバランスを考え、みんながやっていないことに興味が湧いて、危機感とリスクヘッジとして捉えて使命感になり、どんどん動くので行動力も評価されました。

体から悲鳴が…

こうした内面を深く観察する習慣と、新しいことを積極的に取り入れる姿勢で、抜擢人事でスグ昇進しました。

フリーになれば社長から「一緒にやろう」と声をかけてもらえたり、応援してくれる人も集まりました。

だけど、私の心は満たされませんでした。

持病の過呼吸発作が頻発し、倒れて救急車で運ばれたり。駅のトイレで発作とともに号泣して閉じこもったり。

挙句の果てに、朝起きたら首が動かなくてベットでフリーズしたことも。

それなのに「私はできる!できないと思ったらできない!無理とか言うヤツは逃げてる!」と、自分を励ましていました。

いま考えると、自分へのパワハラですね。

評価されるほど不安で心細くて…

大学のころから少しずつ予兆があった過食が悪化し、むちゃ食いと帳消し行為をくり返すようになりました。

自分の扱い方がわからない。自信がもてない。キライ。

↑これ、10年間日記にずーっと書いてた。

生活がボロボロに

転職をくり返しても、起きる現象は同じです。どんな仕事でも、未経験の分野でも楽しめるし、のめり込むんですが。

最初の1年はアドレナリンがドバドバ出て、仕組みを作っていくのが楽しくて、どんどん形にしていきます。だけど、あるとき急に全部が強制終了する。

人と会っているときは、気を張って周りの目を考えるので、家に帰ると過呼吸発作で動けなくなるか、むちゃ食いするか、イライラしながら断捨離するか。

そうでないときは、狂いそうにネットサーフィンしてました。

過食は経年増加し、給料日前で残金10円になって「今日は絶対コンビニ寄らない!」と決意するのに。

仕事が終わると「食べなきゃ!食べなきゃ!」という声で頭がいっぱいになり、けっきょくクレジットカードを使ってしまう。

食べ物を買ってから食べ終わるまで、なにかに乗っ取られたような感覚で、落ち着いたとき目の前に散らかった残骸を見て、急に何の感情も湧かなくなって興味がなくなるんですね。

なのに「これはストレス発散だ、私は食べるのが好きなんだ」と思って疑わなかったわけです。かといって”好き”というワクワク感も、よくわかんなかった。

家族には頼りたくない

クレジットカードは限度額を超え、キャッシングも使い、ついに家賃が払えなくなりました。

こんな状態になっても、家族には頼りたくなかった。

高校生のとき、家族との関わり方がわからなくなったことも、病院に通う理由のひとつだったから。どうにか自分だけで解決しようと、がんばっていました。

当時悩んでいたこと

現実的な問題として、仕事や人間関係が続かない、食べ方がわからない、借金など、悩みのデパートみたいな状態だったけど。

とくに悩んでいたのはコチラ↓

  1. 両極端な二面性に振り回される
  2. だれも本当の私を理解していないと感じる
  3. なにをしても自信がもてない
  4. 自分で自分がわからない

両極端な二面性に振り回される

二面性の扱い方がわからなくて、自分で自分に振り回されていたんです。

行動的で好奇心旺盛で「どんどん新しいことをやりたい!」という面が出たと思ったら、すぐストレスが溜まって些細なことを気にして、自己嫌悪に陥って体がついていかない。

やりたいことがあるのにメンタル病んで体調崩して、逃げるように終了するのがもどかしくて。

みんなと楽しくアクティブに楽しめる姿が本来の自分であってほしいから、疲れやすくてネガティブが止まらなくなる部分は「私じゃない!」と思って。

続けたいのに心と体がついていかなくて、両極端な自分かわからなかったし、振りまわされて疲れていました。

だれも本当の私を理解していない

二面性の扱いに苦労していたので、誰も本当の私を理解してないと感じてました。周りに人が集まってくれるのに、心の奥で不信感をもつなんてダメだと思っていたので。

楽しんでいるフリというか…

頭で「感謝しなきゃ」とか「私は恵まれているんだ」と言い聞かせるけど、人に感謝・ありがたみを感じるみたいなのも、よくわかんなかったですね。

なにをしても自信がもてない

友達や彼氏がいたり、仕事で評価されても、何をしても自信が持てなかったんです。心にポッカリ穴が開いている感じで、体はココにあるんだけど、自分がどこにもいない。

周りの人はすごく堂々として見えるんです。みんな自分に自信を持っているように見えて、自信を持つってどういう状態なんだろう?って、ずっとわかんなくて。

息苦しくて「居場所がないなぁ…」と思ってました。

自分で自分がわからない

まとめると、自分で自分がよくわからなかったんですよね。あまりにも複雑すぎて、自分のことを人に説明するのも苦手でした。

社会人になって先輩から「部活何やってたの?」とか「休みの日何してるの?」とか、聞かれるじゃないですか。

自分のことを聞かれると、大事な”ナニカ”が暴かれるような気がして苦手でしたね。

性格・気質という考え方に出会う

そんな私が再び心理の世界に触れるようになったのは、独立を意識するようになり、内面磨きをしようと思ったから。本気で自分と向き合う決意をしました。

一度は卒業したカウンセリングに再び通うのは、とても悔しかったけど。

「もう目をそらさない!」と決めたから、逃げていたネガティブな気持ちを真正面から受け止めることにしました。

2015年の画像|右は過食用に買った食べ物(食べたいわけじゃない)

民間のカウンセリングを受けたり、家族に本音をぶつけるチャレンジをしたり。薬に頼らず根本から自分を救いたくて試行錯誤を繰り返す日々。

初めてHSPと話した日

2017年。

なんとなく「私は私のままでいいのかも」と思い始めていたとき、HSP向けのカラーセラピーをしている人を見つけました。

とても繊細なセラピストさんで、他の人には見えないものが見えるレベルなんですが、脳の仕組みを勉強して理論的に解明し、生きづらさを解消したとブログに書いていました。

さらに「以前より悩む時間が減って、毎日を楽しんでる!」と言っていて、私もそうなりたいと思ったんです。

向き合うことすら意識しなかった感覚

そのセラピストさんのカラーセラピーを受けたとき、はじめて私が話した内容の本当の意味を理解してもらえたと感じて、心が震えました。

嬉しいとか感動とか、そんな言葉では言い表せないような気持ちが湧き上がって、セラピー中に泣いてしまいました。

そこで、ずっと感じてたけど向き合うことさえ意識しなかった感覚について、初めて自覚したんです。

主に話したこと

  • 相手が私にどうして欲しいのか、なぜかわかってしまうので、求められる行動を取ってしまう
  • 目線や表情の微妙な動きで、心を開いてくれた瞬間がわかる
  • 何かで仕入れた情報から意見するのは得意だけど、自分を主語にして話すのが苦手
  • 自分の気持ちを言葉にできない

セラピストさんは「そうなんだよね〜」と、まるで天気の話をするかのように共感してくれて。

その相槌に嘘がないことは、すぐにわかりました。

自分の人生を歩みだす

自分の感覚を嘘偽りなく正面から共感してくれる人がいる。

「わかってほしい」とさえ思っていなかった私にとって、暗いトンネルのなかでやっと見つけた、一筋の光のようでした。

あのときの気持ちを思い出すだけで、今でも涙が出てきます。セラピーが終わって家まで歩いているとき。

あぁ、わたし、毎日幸せって思っていいんだぁ

という言葉が、とつぜん頭に湧いてきたんです。

え!?私、幸せって思っていいの!?と驚いて、思わず立ち止まって口に手を当てました。

生まれて初めて無条件の安心感に包まれた瞬間でした。この日から自分の人生を歩み出し、その後HSS型HSPだと気づきました。

私は私のままで生きていい

内面の特徴を調べて「○○障害」「××症候群」っていう名前を発見し、克服することばかり考えていた私にとって、気質(=持って生まれた性質)という見方に出会ったときは衝撃でした。

なんだぁ、消さなくていいのかぁ。いまが普通なのか…

そう思えるようになり、生きる安心感につながったのです。

「私は私のままで生きていい」と実感できるようになると、現実的な問題に立ち向かう意欲が出てきました。

さらに本来もっている心の動きを把握すると、お金の使い方や食事といった生活習慣を改善できて、ストレスにも対処できるようになりました。

こうした経験をブログで公開するとメッセージをもらうことが増え、同じように悩んでいる人と話す機会を作るためにカラーセラピストの資格を取得し、相談業をスタートしました。

(カラーセラピーは私が気持ちを見つめるために6年取り組んだ、お気に入りの色彩療法です)

けっきょく悩む

フルタイムの仕事と並行して、複業でセラピストを続けていましたが。

専業にしようと思ったのは、性格タイプ論やナラティヴ・セラピーとの出会いが大きなきっかけです。

性格タイプとナラティヴを取り入れた理由は、単純に好きなのと、自分自身の経験にマッチしていると感じたから。伝えたいことが伝えやすいので、ツールとして採用しています。

私だから

病名をすべて手放し、お金や摂食の問題もなくなったのに。変わらず悩むし、仕事ではミスするし、人間関係は上手くいかないこともあるんですね。

だれかが作った、○○障害××症候群という名前でラベリングしなくなり、克服のためにがんばる目的もなくなって、残った理由は「私だから」でした。

興味の方向と「性格タイプ」がマッチング

生身の状態で自分自身と向き合うことになったとき、たまたま性格タイプ論に触れるできごとがあり、「子どものころから知りたかったのはコレだ!!」と一気に魅了されました。

タイプ論は人が情報をどのように、そして何を取り入れ判断し、そして自分の信じることに向かってどのように行動するのかについてとりあげる

MBTIへのいざない

普遍的な心の働きを知ると、文字通り泣きながら自分を肯定できたし、純粋に性格や認知について知るのが好きだと自覚しました。

異常の境界線は人が作る

また、ナラティヴ・セラピーは

人が問題なのではない、問題が問題なのだ。

というアプローチ方法です。

どれだけ科学が進歩しても、人間のもつ思考や感情は変わりません。それなのに異常の境界線は時代や環境によって変わります。なにが違うのかと言えば、価値観です。

おもしろいよね、人間って。

こうしたナラティヴの考えは、私が経験してきたこと、伝えたいこととマッチしているので採用しています。

まとめ

ものすごく遠回りしたけど、けっきょく心理の世界で性格の動きを観察するのが好きなんです。気づいたら、いろいろ勉強して資格を取って、仕事にしていました。

心に触れて自分をキライになり、また好きになれたのも心の世界。そんな私だから伝えられることがある。

そう思えるようになるまでに1リットルの涙が必要でした。(1リットルの涙、泣けるよね)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

扱いづらい私を好きになる!

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高い共感力や両極端な二面性による

複雑な生きづらさを紐解き心を軽くするコツ♪

\ くり返す負のループから抜け出す! /

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