こんにちは、ももかですmomoka_hsphss
とくに働いていると、苦手な人、そりが合わない人とも、波風立てずに付き合っていく必要が出てきますよね。
集団では価値観が合わない人がいて当然。全体でみたら、良い人の方が多いと思う。でも、嫌な人、苦手な人ほど、どうしても気になって意識しちゃう。
心のなかでは「くだらない」と思っているけど、「関わらないで、ほっといて」とも言えない。
そんな環境に身を置いている自分が嫌になる。
っていう経験、私は何度もありました(汗)
くだらない人間関係にうんざりする
たとえば、噂話が好きな先輩がいて、いつも社内の人間関係にあれこれ口出しをしている、としましょう。
そんな先輩の周りには、同じように噂話が好きな人たちが集まっています。
休憩スペースで一緒になると、プライベートなことも根掘り葉掘り聞かれて、すぐ人に言いふらされてしまう。
その場にいなかった、全然関係ない人から、「あなたって××××なんだね。」と、告げ口されて、嫌な気持ちになる。
この職場の人たちは、なんて暇なんだろう。くだらない人間関係に巻き込まれて、うんざりする。
でも、そんな職場を選んでいる、私って……
先輩とは話さなければいいだけなのに、一緒になると、顔色を伺って、つい話を合わせちゃう……
みたいな、ね。
相手の価値を下げて自分に合わせようとする
心理学では、劣等感があると相手の評価を下げて、自分と同じレベルにしようと調整するメカニズムが働くと言われています。
相手の方が価値があると認めてしまうと、自分と大きなギャップができるので、その違和感を避けたくなるんですね。
さらに、劣等感と優越感は、紙の裏表のような関係なので。
「なんて、くだらない人たち」
と、相手を下げ、自分が上に立ち、「この人たちとは違う」と感じようとする、みたいなんです。
自分の価値を低く見積もる
ちゃんと考えて選んだ環境のはずなのに、いざ身をおいてみると、「私なにやってんだろ…」みたいな気持ちが出てきて、周りにいる人たちと距離を取りたくなる。
私も経験あるんですが、振り返ると、選択する時点で、自分の価値を低く見積もっていたなぁ……と思います。
「私には、これくらいが妥当でしょ」
みたいな。
- いまの自分にできそうな選択
- 世間的に受け入れられそうな選択
- 親が納得しそうな選択
- だれかをギャフンと言わせられそうな選択
そんな基準が見え隠れしていると、遅かれ早かれ、「なんで、こんなトコいるんだろ…」みたいな気持ちが出てくる。
現実的に考えて、地に足つけて選んだ環境だからこそ。心のどこかで自分の可能性を限定しているので、空しくなっちゃうんですね。
自己価値を高めるには
くだらない人間関係にうんざりするし、そんな環境にいる自分にも嫌気がさしちゃうときは、自己価値を高めるチャンスですよ。
あなたは、自分で考えているより、ずっとずっと高い価値をもっている人なんです。
こう言われて、
価値ってなに?
私の持ってる価値って、具体的にどんなところ?
そんな抽象的な言葉でごまかさないで
と、反発したくなった人ほど、自分を大切にしたいと思っている人です。反応するってことは、心の奥底では気づいている、ということですから。
答えは、自分のなかにあります。
結果がわからないけど、やってみたいこと
ひとつ具体的なアクションを提案するなら、結果がわからないけど、やってみたいと思うことを最後までやり抜いてみる。
- どうなるかわからない
- やったところで、何が得られるか、わからない
- だれにも頼まれてないけど、やってみたい
- やろう、やろうと思って後回しにしてきた
そんなテーマで考えてみて、思い浮かぶものはありませんか?
趣味、資格の勉強、昇進試験、ダイエット、ファッション、メイク、など。
小さいことでも、生産的でなくても、いいんですよ。
家庭菜園を始める
ブログやYouTubeをやってみる
みたいな、仕事や人間関係に直結しないことでも、①結果が見えない②でも、やってみたい。そんな風に思ったことを始めてみる。
そして、期間を設定して、その期間は集中して取り組んでみる。
自分の可能性を、つい制限しちゃう人。
自分の価値を低く見積もるクセのある人。
価値ってなに?と反発したくなる人。
試してみてくださいね。