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プロフィール
馬場 桃香
ばば ももか
~働くHSS型HSP女子の「やりたい」が見つかるカウンセリング~

4年の副業期間を経て、2021年に専業カウンセラーになる。
延べ250人以上の相談実績をもち、「体調不良で諦めた仕事に再挑戦できた」「休日にカフェに行く余裕ができた」「好きなことで人との繋がりをもてた」というお声をいただいている。

自己主張が苦手な人も話しやすい雰囲気作りが得意で、「安心する」とよく言われる。

自身は、HSS型HSP気質をこじらせ、16歳で適応障害と診断され、4年間投薬治療を受けた経験がある。
社会人になり、最年少で昇進、全国トップレベルの営業成績を記録するが、摂食障害、借金200万円、ストレスで潰れて仕事が3年以上続かない、という悩みを抱えていた。

2017年に自分の気質が腑に落ち、「そのままの私で生きる!」と決意。同じように悩んでいる人の力になりたいという想いから、心理カウンセラーの道へ。

現在は、埼玉県の田舎からオンラインをメインに、たまに東京出張で対面も実施中。

プロフィール

髪を切りました!

馬場 桃香|心理カウンセラー

1988年生まれ A型

埼玉県出身・在住

東京国際大学 人間社会学部 福祉心理学科卒

日本心理学会認定心理士

日本MBTI協会認定ユーザー

ももかの略歴

IT通信系法人営業、アパレル販売、イメージコンサルタントを経験。その後、フルタイムで派遣事務をしながら4年の副業期間を経て、2021年に専業カウンセラーになる。

延べ250人以上の相談実績をもち、「体調不良で諦めた仕事に再挑戦できた」「休日にカフェに行く余裕ができた」「好きなことで人との繋がりをもてた」というお声をいただいている。

自己主張が苦手な人も話しやすい雰囲気作りが得意で、「安心する」とよく言われる。

感情整理に重点を置いたカウンセリングでは、「~するべき」ではなく「やりたい」の気持ちを引き出すのが得意。

自身は、HSS型HSP気質をこじらせ、16歳で適応障害と診断され、4年間投薬治療を受けた経験がある。

社会人になり、最年少で昇進、全国トップレベルの営業成績を記録するが、摂食障害、借金200万円、ストレスで潰れて仕事が3年以上続かない、という悩みを抱えていた。

2017年に自分の気質が腑に落ち、「そのままの私で生きる!」と決意。

HSS型HSPである自分を研究し、ブログで発信を始めると、読者さんからメッセージをもらうことが増え、Twitterのフォロワーが2,000人を超える。

この経験から、同じように悩んでいる人の力になりたいと思い、心理カウンセラーの道へ。

現在は、埼玉県の田舎からオンラインをメインに、たまに東京出張で対面も実施中。

髪切る前(ビフォーw)

じゃがいも

アイスクリーム

魔女の宅急便

ブログやSNSの発信

深い洞察力のある人

カウンセリングの時間

実績一覧

2017年 アメブロでHSP/HSS型HSP/エンパスの考察、自分自身の分析記事を書き始める

2017年~2018年 HSS型HSP気質をもつ読者さんを集めた交流会 計5回開催

2018年 不定期で個別カウンセリングをスタート

2019年 HSS型HSPカウンセラーの時田ひさ子さんに「天職と適職」についてインタビュー、ブログ記事に掲載

2019年 ブログにて無料相談企画「ももかのお悩み相談室」40人実施

2020年 オンラインサロン「HSPHSS大学」6か月間運営

2021年 HSS型HSPであり(株)AwarefyのCEO 小川晋一郎さんに「働き方」についてインタビュー、ブログ記事に掲載

これまでの話とカウンセリングへの想い

高校生で心療内科に通いながら居酒屋でアルバイト

私が仕事で人の役に立つ喜びを知ったのは、16歳で適応障害になり、学校に通えなくなったころ。

薬の副作用で遅刻と早退が増え、教室にいられなくて保健室に駆け込んだり。毎晩泣きながら、部屋に引きこもりがちに。

そんな状態でも、

小さいころから、人と関わるのが当たり前で、いつも友達に囲まれるタイプだったので。

動けなくて何もできない自分がイヤで

「なにかしなきゃ!」

っていう気持ちで、近所の居酒屋でアルバイトを始めました。

お酒には興味がなかったけど。

接客してお客さまと仲良くなれると嬉しくて。しかも、やればやるほど成果が出るのが楽しく、夢中に。

一方で、忙しかった次の日はベットから動けなくなり、廃人になる。

大学では心理学を学び、心療内科の通院も終了すると、アパレル販売のアルバイトに明け暮れ、週5で出勤。

お客さまが気持ちよく過ごせるよう気を配り、個人予算も毎月達成し、”スーパーアルバイト馬場”という異名がつくように。

話すのが苦手な人の心を開くのが得意で、「馬場さんが接客すると、みんな笑顔で帰っていくね」と感心されたり。

その裏では、

甘いものや栄養ドリンクで気分をコントロールする習慣がつき、家に帰ると離脱症状から喋れなくなる、なんてことも……

昇進⇒退職をくり返した正社員時代

働いて人と関わるのが生きがいで。

就活のとき「未経験の業界に挑戦したい!管理職になりたい!」と思い、IT通信系の法人営業として就職しました。

ところが、1年目は全く売れず、最下位の落ちこぼれ。

テクニックで心理誘導する社風に馴染めず、成績のためにブラックな提案をするのも苦手で。辞めることも考えるくらい、精神的に追いつめられて。

そんななか、お客さまの相談役になり、中立な立場で必要なものを提案できる『ラウンダー職』に魅力を感じるように。

上司に希望を伝えたところ、1番予算の高い支店に異動に。

自分本位の強引なセールスじゃなくて。

事業内容、社長のビジョン、社内環境、従業員の要望といった『働き方』を教えていただき、お困りごとがあったとき、声をかけてもらえる存在になる。

そうやって考えて動いたら、全国トップレベルの成績になっていました。

「面白いやつがいる」と社内で話題になり、社長直下の幹部育成プロジェクトに参加し、そのまま3年目で最年少昇進。

が、しかし。

プレッシャーと多忙で、持病の過呼吸が頻発し、倒れて救急車で運ばれたり。駅のトイレで発作が出て、号泣して閉じこもったり。

大学時代から予兆のあった摂食障害の症状が悪化し、むちゃ食いと、極端なダイエットに執着するように。

弱音を吐いたら負けだと思っていたので、

私はできる!

できないと思ったらできない!

無理とか言うヤツは逃げてる!

と、呪文のように、つぶやく毎日。

そんな日が続いた、ある朝。

ベッドから起き上がれなくなり、「もう無理だ」とプツンと糸が切れ、転職を決意。

逃げるように退職し、1か月後には、古巣のアパレルブランドで正社員になり

目立たない。言われたことだけやろう。動くな、ももか。

と言い聞かせ、接客だけに集中していたら、また全国トップの売上になり、1年で副店長に昇進。

また抜擢人事?もう、いいよ

なんてウンザリしたけど、任されたら手を抜けず、責任を果たさないと気が済まない。

目標達成したい

上手くやりたい

先輩と同じように動きたい

頭では、そう考えていたけど。まったく行動に移せない。お客さまに声をかけるのも、しんどい。

笑うのが、つらい。

言葉を飲み込むように食べ物を口に詰め込み、摂食障害の症状が深刻化。

毎日のように、過呼吸、むちゃ食い。お店に立っていると、いつもイライラして集中できない。

1~2年経つと世界が灰色に染まり始める

どの仕事でも、

  • この人が望んでいることは?
  • 組織が進むべき方向は?
  • 求められている振る舞いは?
  • この場で正解の発言は?

と考え、工夫して動きます。

ちょっとした表情や声のトーンの変化から、「あっ、いま緊張ほぐれたな」とビビッと感じて、喋るのが苦手な人と距離を縮めるのも得意。

いつも全体のバランスを考え、意見が通っていない人に意識が向いて、自然と輪に促すので、面倒見の良さも評価されます。

ところが、1~2年すると、世界が灰色に染まるような絶望感がやってくる。

自分が小さくなって、消えてなくなりそうな恐怖。

のちに、周りを気にすること・本来の自分を抑圧することに膨大なエネルギーを使うから、すぐに心と体が病むんだと気づきました

自分と向き合う決意とフリーランスへの挑戦

副店長としてお店に立っていたとき、「このまま正社員で働き続ける自分が想像できない」と思い、独立を意識するように。

そこから、ネガティブな自分を変えようと決意しました。

病院は、もう嫌だから。薬を飲む対処療法じゃなくて、時間がかかっても、根本から自分を救いたい。

逃げていた自分と本気で向き合う

そう決めて、認知行動療法を使った『アダルトチルドレン』のカウンセリングを受けることに。

試行錯誤しながら、少しずつ、自分を認められるようになってきたころ。会社を退職し、フリーランスにチャレンジすることに。

知り合いの社長に声をかけていただき、すぐにサロンを持つことになったけど、売上は安定せず、生活できませんでした。

2つバイトを掛け持ちしながら活動を続け、早朝から深夜まで働き、ストレスが溜まるばかり。

摂食障害の症状は急激に悪化し、むちゃ食いと絶食をくり返すように。

人と会っているときは、気を張ってるから、だれも気づきません。

「すごいね」

「いつも新しいことに挑戦するね」

「向上心あるよね」

そんなことばかり、言われて。

評価されるほど不安で心細くなったけど、その感覚もつかめない。だから言葉で伝えられず、人に相談もできない。

ひたすら、体だけが反応し、家に帰ると過呼吸で倒れこむ。

むちゃ食いしたり、イライラしながら断捨離して物に当たったり。そうでないときは、狂いそうにネットサーフィン。

夜中にとつぜん不安感に襲われて、なんだかわからない恐怖に飲み込まれ、パニックになる。

自分の扱い方がわからない。

自信がもてない。キライ。

初めてHSP気質をもつ人と話した日

期待に応えたくて、社会で活躍したくて、「やりたい」と思って始めたのに。どれもストレスで潰れて3年以上もたない。

疲れて何もしたくないけど、止まるのも怖い。

そんな状況で、どうにか出口を探し、ひたすら自分と向き合い続けていたとき。

同じように、まともに生活できなかった経験をもつ、HSP気質のカウンセラーさんを見つけ

「悩む時間が減って、毎日を楽しんでる!」

というブログ記事を読んで、私もそうなりたいと、可能性を感じました。

夢中で記事を読んで、すぐにカウンセリングに申し込み、はじめてHSP気質をもつ人と話すことに。

とはいえ、勢いで申し込んだものの、部屋の前まで行くと不安になり、

話したからって、何になる?

なんて考えがよぎって、引き返したくなったけど。思いきってトビラを開けました。

主に話したこと
  • 相手が私にどうして欲しいのか、なぜかわかるから、求められる行動を取ってしまう
  • 目線や表情の微妙な動きで、心を開いてくれた瞬間がわかる
  • 何かで仕入れた情報から意見するのは得意だけど、自分を主語にして話すのが苦手
  • 自分の気持ちを言葉にできない

普段、この話をすると

「何それ?」

「そこまで考えないよ」

と言われるので。

ずっと自分のなかにあったけど。そんなものだろう……と流していた感覚。

カウンセラーさんは「そうなんだよね〜」と、天気の話をするように共感してくれて。

その相槌にウソがないことは、すぐにわかりました。

本当の意味が伝わった

嬉しいとか感動とか、そんな言葉では言い表せないような気持ちになって。自然と涙があふれてきた。

毎日幸せって思っていい

自分の感覚を、心から共感してくれる人がいる。

「わかってほしい」とさえ思っていなかった私にとって、暗いトンネルのなかでやっと見つけた、一筋の光でした。

カウンセリングが終わって、歩いて帰っていると、とつぜん

毎日幸せって思っていいんだぁ

という言葉が頭に浮かんで

え!?

幸せって思っていいの!?

思わず立ち止まって口に手を当て、フリーズ……

無条件の安心感で体中が包まれる感覚。経験したことのない感覚。

自分の人生を歩き出す

それまで、精神障害ばかり調べて、「○○障害」「××症候群」という名前をつけ、

オカシイ自分を隠して”普通の人”になるために、膨大なエネルギーを注ぎ、社会に溶け込もうと執着していた私にとって、

気質(=持って生まれた性質)の考え方は衝撃で。

病気じゃなかった!これが普通だった!そう思えて、この世界で生きる安心感をもらったのです。

なんだぁ…無理して改善する必要ないんだ…いまのままで普通なんだ…

そこから、さらに調べを進め、HSS型HSP気質だと腑に落ち、

私は私のままで生きる!

と、自分の人生を歩くことを決意。

3か月後。

家賃が払えなくなって、すべてをリセットするサプライズが起き、200万の借金返済のため、派遣事務の仕事を始めました。

HSS型HSP気質の特性を考慮しながら、生活習慣を意識すると、ストレスに対処できるようになって

仕事も、なんとか継続でき、嫌いだった家族とも、普通に喋れるようになった。

さらに2年後、借金を完済して貯金ができるようになり、摂食障害も克服して、体重は健康的に9kg減。

人生って悩みがなくなること、ないんだな

ただ、これで全部解決!毎日ハッピー!じゃなかった。

病気を克服して借金を返せば、一生悩まなくて済むと思っていたけど。相変わらず、ミスしたら落ち込むし、悩むし、人とすれ違うこともある。

ずっと、気質とか、障害とか、理論で定義された【外側の基準】に原因を求めていたけど、

最後に残ったのは、シンプルに”私だから”でした。

人生って悩みがなくなること、ないんだな

もうずっと、これの繰り返しなんだろうな

この事実に直面したとき、膝から崩れ落ちるように、落胆して。

もぉーーヤダ……って、生きるの嫌になったけど。それでも変わらず、明日は来る。

だから「人生コノヤロー、受けて立つ」と、腹をくくった。

この経験から、心の問題は

ガンの手術みたいに”切除”するんじゃなくて、人生の物語として”意味”を変える

という考えをもつように。

全国からHSS型HSP気質をもつ人が相談に来るように

HSS型HSP気質を自覚し、自己分析や、調べたことをまとめてブログに公開すると、続々とメッセージが届きました。

「お腹が空く感覚を取り戻しました」

「生活が一変しました」

「なぜか涙が止まりません」

「悩んでるって言っていいんだと思い、救われた気持ちです」

こうした言葉に、私も「ひとりじゃない」って涙が出そうになる。(実際、泣いた)

そこで、一方的な発信じゃなくて、直接お話を聞いて力になりたいと思い、フルタイムの派遣事務をしながら、個別カウンセリングを始めました。

すると、

「話してみたい」

「会ってみたい」

と、全国から相談に来ていただけるように。

見た目で判断されたくなくて顔を隠して活動してたころ

15年間、自分の存在を否定して、空っぽになるのが怖くて。

いまのままじゃダメだから

自分を変えないと認めてもらえない

何もできない私に価値はない

歯を食いしばって努力して、やっと人の役に立てるんだ

そんな思考が当たり前になっていて。成果を出して他人の評価を得ることに必死で。

自分を抑えて働くことしか考えられず。

どうやったら周りの人みたいに、

「疲れたー、ストレスだよー。よし、気分転換して、明日も仕事だ!」

っていう生活が送れるのか、わからなくて。

がんばるほど状況が悪化して、苦しい思いをしてきたけど。

本来持っている性質を受け入れて、思いきって自分を開放してみたら、

心から「やりたい」と思うことで、人にも喜んでいただける。

自然にできることで、

「ありがとう」と満面の笑みを向けてもらえる。

そんなやり方があるんだ。

と、体感できた。

それが、とっても、とっても嬉しくて。

心理カウンセラーが病気を増やすと思っていた

ただ、相談に乗るようになっても『心理カウンセラー』と名乗ることに、最後まで抵抗していたんです。

まだ笑うのに抵抗あった時期の自撮り

16歳で適応障害と診断されて心療内科に通い、4年かかって終了したのに、就職したら、また同じような現象に悩まされて。

「あの4年は何だったの?私、やっぱり治ってなかったんだ」って悔しかった。

だから、普通になりたくて、社会に溶け込みたくて、がんばっていたのに。

「そのままでいいんだよ」

「無理しないで」

と言われると、努力を否定された気がして、

そのままでいい?

んなわけあるか!

って、盛大に、こじらせまくった。

心理カウンセラーっていう職業があるから、「病気で頭のオカシイやつ」っていう偏見が増えるんだ。

そこに加担したくない。

そう思った。

何者にもならなくていい

だけど、振り返ってみたら。

自分と向き合うなかで、6人のカウンセラーさんに助けられて。いつも心に響いて、涙を流したのは

「何者にもならなくていい。そのままでいい。」

「おかしくないよ、それでいいんだよ」

こうしたメッセージを受け取ったときでした。

それでも、すぐには納得できなくて。

少しずつ、少しずつ

あれ?そのままでいいのかも?

いまのままで問題ないのかも?

そのままの私で、すでに愛されていたのかも?

っていう、小さな気づきを重ねて。

時間をかけて、自分が大好きになって、大切に扱えるようになった。

現実は想像よりも優しかった。

愛情いっぱい、あったかいところだった。

働くHSS型HSP女子の心強い相談役でいたい

こんな経験から。

苦しかったとき支えてくれたカウンセラーさんのように、働くHSS型HSP女子の心強い相談役でいたい。

いまは、そう思っています。

対面カウンセリングの前にお部屋の換気中

仕事というテーマだけど、キャリアアップとか、ガツガツ稼ぐよりも。

  • ストレスに潰れないこと
  • 自分を大切にできること
  • 感情に振り回されて自滅しないこと
  • 安心できる人に囲まれて過ごせること

ここを満たしたうえで、小さく芽生えた「やりたい」のカケラを大切にして

気づいたら幸せな毎日が送れてる!

人と接しても消耗せず楽しめる!

いまの自分が大好き!

やればやるほど、自分に自信がつく!

ふふふ♡生きるの楽しいかも♡

そんな感じで、穏やかでワクワクしつつ、心満たされる毎日を実現する。

そのサポートをすることが、私の”やりたいこと”です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

リンクあれこれ

ここだけの話

このページを作っていて「自分のこと、こんなに話せるようになったんだなぁ」って感動。

悩んでいたときは、頭に浮かんだものを言葉にしても全然ピンとこなくて、他人ごとみたいな感覚があった。

心と体が一致して、自分との絆も深まったんだなぁ。