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プロフィール
ばば ももか
心理セラピスト
心の欠陥や問題を指摘せず、気持ちを「広く深く語るカウンセリング」が得意です。

自分を大切にして楽しく過ごす心の境界線は「自己理解」で作れます。

適応障害・摂食障害経験者
ジャガイモが好きで雨に弱い

消えたい、旅立ちたい、終わらせたい。生きるのしんどって定期的に思う人たち

このネタ書くとグーグル先生に怒られるんだけど、声をにして言いたいので。オブラートにグルグル巻きにしながら、生きることについて話したいと思います。(その逆の行為についても)

※ペナルティ受けたら消す

私は仕事柄、自ら旅立ちを試みた人と話すことがあります。周りの人間が動く事態に発展した人もいれば、その試みを知っているのは自分だけ、という人もいます。

試みるきっかけは、半年とか1年未満にショッキングなできごとがあって、突然進む方向が見えなくなった人もいるけど。

ここで話すのは、繰り返し、定期的に、何度も、ふとした瞬間に連れていかれそうな感覚を持っている人たちです。

この人たちの話を聞くたび、行為そのものが持つ意味と、そこに付加された気持ちの意味について、考えさせられます。

つまり、その行為を実行する瞬間だけ見て「ダメなこと」にして、頭に浮かぶことや話題にあげることすらタブーにしてしまうと、よけいに疎外感を強めてしまうんじゃないかと思うんです。

かといって「どんどんやろう!」みたいに行為を助長するつもりもないし、逆に「やめた方がいいよ」と否定するつもりもない。

考えてもいいのだ、話題に出してもいいのだ、ちゃんと聞いてくれる人がいるんだ、こう思えることってめちゃくちゃ大事だと思う。だから、あえて記事にする。

「生きる」を身近に感じている人たち

終わらせることを考える人が真面目に生きてないかって言ったら、そんなことないんですよ。むしろ、真剣に考えるからこそ頭に浮かぶわけですね。

でね、考えてしまう理由でつい挙げてしまうのが、

  • 精神的にオカシイから
  • ネガティブだから
  • ツライことがあったから
  • ストレスに弱いから
  • 傷つきやすいから

みたいな、本人に原因を求めるやつ。

悩んでいることは、家族関係とか、仕事とか、その人の外側にあったとしても、受け手側の反応として「適応できていないから」っていう考えが、なんとなくあるんですよね。

そうすると考えること自体が、もう間違ってるんじゃないかって思っちゃう。

小さいころから、何度も定期的に考える人たち

繰り返し定期的に、何度も、ふとした瞬間に連れていかれそうな感覚を持っている人たちは、思春期のころまでには集団に対する違和感をもっていたり、馴染めないとか、シックリこない感じを抱く傾向があります。

ただし、違和感や馴染めない感覚、しっくりこない感じを自覚するのは30歳過ぎてから、という人もいます。

仕事もプライベートも物質的には人並の生活ができているけど、精神的にはどこか噛み合っていない感じがあったり、もはや噛み合っていないことすら無自覚なこともあります。

なにか自分自身と向き合うできごとがあって、「そういえば、小さいころから何度も考えてたな」と気づくこともあります。

で、周りは同じような感覚を持ったことないと知って「私おかしいのかな?」と考え始める。

もしくは、幼稚園や小学校の時点で集団に馴染めないと自覚していて、思春期のころには何度も旅立つ試みをしている人もいます。

「私は異物だと思う」

これは複数の人から聞いた、自分を表現する言葉です。

しんどいよね、って言い合えること

この話を記事にしたのは、私自身が、繰り返し・定期的派だから。

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かっこよく、「いまは全く考えません! 」と言えたらいいけど、記事にしちゃうくらい、命とか生きることについて考えることが多いです。

数年前に比べたら折り合いをつけるのが上手くなったし、試みることもないけど。この先同じ現象が起きない保証もないしね。

しんどいよねって言い合える人の存在って、とても大事だと思うんです。

その感覚持っている人、ここにもいるよ。
同じ感覚を持つ人、知ってるよ。

そんなことを伝えたいなと思って。もう、それだけ。

まとまりがない内容になっちゃったけど、繰り返し・定期的派の人に届けばいいな。

それでは~

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