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ばば ももか
心理セラピスト
心の欠陥や問題を指摘せず、気持ちを「広く深く語るカウンセリング」が得意です。

自分を大切にして楽しく過ごす心の境界線は「自己理解」で作れます。

適応障害・摂食障害経験者
ジャガイモが好きで雨に弱い

親の愛情不足と、子どもの人格形成の関係

よく人格の形成には幼少期の家庭環境が影響していて、親の愛情不足が子どもの発育不足の原因だと言われます。

私も生きづらさと戦っていたころ、「親が未熟だから、私がこんな育ち方をした」って考えて、それが救いになった時期があったんですね。

内面を表す言葉のほとんどが、その原因に幼少期に機能不全の家庭で育ち、親に十分な愛情を与えてもらえなかったことを挙げるので。

自分の成り立ちを思い返して、親の人間性の欠点みたいなものに、フォーカスしていたんです。

性格タイプ論の視点では、親の愛情不足とは考えず、「受け取り方」と「与え方」の違いに着目します。

人の内面は、もって生まれた気質をもとに、環境的な影響を受けて成長するので。親と子どもが、必ずしも同じように愛情表現するとは限らないんですね。

同じ家庭に育っても、愛情の感じ方には気質的な違いが出てくるんです。

この違いを知ると、親も親なりに頑張ってくれたんだなぁと思えるし、子育てしている人は罪悪感が軽くなりますよ。

親の愛情不足は誰が決めるのか?

人間関係が続かない、恋愛が続かない、会社で上司と衝突してしまう。

こういう問題が発生したとき、幼少期の親の愛情不足が原因で、大人になっても愛着が正しく形成できず、コミュニケーションに支障が出る。

というのは、少し調べた人なら、必ず目にする説明だと思います。

  • 私が自己犠牲的なのは、母親が過干渉だったからだ
  • 私がダメ男ばかり引き寄せるのは、父親が頼りなかったからだ
  • 私が人と一緒にいるのが苦手なのは、両親が未熟だったからだ

こうやって、生きづらさの発端が両親だったと知るとホッとするかもしれません。

うん、当時の私は思いました。苦笑

でも、性格タイプについて詳しくなるうちに、「愛情不足って曖昧だよな」って思うようになったんですよね。

親の立場からしたら、何かにつけて育て方が悪いとされるのは、どうなんだろう?とか。

愛情が不足しているって、だれの基準ではかり、だれに決定権があるんだろう?とか。

これは愛情の受け手、発信者、観察者、という立場の違いを考えてみると、答えが見えてきます。

受け手の目線(子ども)

愛情の受け手(子ども)としては、こんなこと考えるでしょう。

「ちゃんと愛情をもって接してくれなかった」

「私のことを理解してくれなかった」

「欲しいものをくれなかった」

「あなたのせいで、私の人生めちゃくちゃ」

親に直接抗議するかもしれないし、態度で主張するかもしれない。もしくは、黙認という受動的攻撃をするかもしれない。

発信者の目線(親)

親としては、子どもの反応によって自分の未熟さを感じるかもしれません。

「子どもに苛立って怒る自分は、なんて器が小さいんだ」

「子どもの良さを伸ばしたいけど、言うこと聞かないと気になってしょうがない」

とかね。

もしくは、子育てをきっかけに、自分自身の両親との関係を見つめなおすかもしれません。

「実は私も、親に不満があったけど隠してた」

「私が子育て苦手なのは、親にちゃんと愛されたことがないからだ」

観察者目線(第三者)

お母さんは、義母とか学校の先生からアドバイスをもらうかもしれません。

「もっと愛情をかけてあげて」

「もっと時間を作って、コミュニケーションを取ってあげて」

「話をちゃんと聞いて、共感の姿勢を見せてあげて」

子どもの側は、病院の先生や権威ある書籍から、

「あなたのせいじゃないよ。親の人格に問題があるんだよ」

と説明されるかもしれません。

さて、愛情不足って誰が決めるのでしょうか?

親子で気質は異なる

人格形成と幼少期の家庭環境は関係があるけど、それだけが唯一絶対の原因ってわけじゃないんですね。

ここで伝えたいのは、愛情表現にはバリエーションがあり、それは親子で必ずしも一致しないってこと。

親子でも、もって生まれた性質・気質(性格タイプ)は異なります。そうすると、愛情表現というコミュニケーションスタイルも変わってくるんですね。

コミュニケーションスタイルが違うと、相手の話を理解するのに苦労するし、わかってもらえないと感じる原因になります。

また性格タイプが違うと、問題解決スタイルも違うので、ライフスタイルの特徴にもつながります。

進路選択の基準

日常の選択にも、合理性を優先するか、気持ちを優先するか、という「もって生まれた性質」が影響してきます。

たとえば進路を決めるとき。

親:合理的判断をするタイプ

偏差値や通学時間、進学率、就職率などの数値を重視する

子ども:気持ちを優先するタイプ

制服が可愛い、先生が優しそう、校舎が綺麗といった気持ちを満たしたい

こうした判断基準の違いによって、子どもは「親は私の気持ちを理解してくれなかった」という不満につながるかもしれません。

親としては子どもに苦労して欲しくないから、なるべく将来の負担が減るようにと、愛情を表現しているかもしれません。

子どもとしても、自分の気持ちを押し通すより、親の期待に応えるという形で愛情を表現するかもしれません。

不満を軽視しない

こうして説明すると、「お互いに事情があるんだから、相手を責めないで」と言われているように感じるかもしれない。

ひどい暴力を受けたり、置き去りにされたりしても、それでも親のせいにするなってこと?と思うかもしれない。

ニュアンスを伝えるのが難しいけど、ちょっと違うんですよ。

「欲しい愛情がもらえなかった」

「私のあげたい愛情を受け取ってもらえなかった」

という、不足している感覚そのものは、無視せずに大切に味わっていいものです。

親や子どもに対する不満を軽視してフタをするのではなく。自覚して味わったうえで、さらにどう扱うか?という部分がポイントです。

感情そのものに善悪はない

感情そのもに善悪はありません。常識的な感情とかないので、あなたが感じている、どんな不満も、嫌悪感も、苛立ちも、自分のなかで「存在している」と思っていいんです。

大事なのは、人に伝えるかどうか別にして、自分自身が、その気持ちに気づいてあげることです。

そこをスルーして、

「親も大変だったから、しょうがないよね」

「あの子とは性格が違うんだから、言ってもムダ。しょうがないよね」

と、無理して折り合いをつけようとすると、不完全燃焼の気持ちが滞留して、態度や表情から滲み出て、相手が本能的に不満を感じ取ります。

親への不満も、子どもへのイライラも、存在して良いんです。

相手に直接伝えるかどうかは別にして、まずは自分のなかで、しっかり確認してあげてください。

子どもの受け取り方、親の与え方

子どもの人格形成は、先天的な気質をベースに、環境の影響を受けながら成長していきます。

親の愛情不足というのは、すごく曖昧で判断が難しいと思います。なぜなら、受け手によって捉え方が違うから。

高価なプレゼントをもらったり、肯定的な言葉をかけられても、「望むものをもらってない」という場合もあるし。

一緒にいる時間が少なくて、普段から会話がほとんどなくても、「十分愛されていた」と感じることもある。

こうして考えると、育て方が悪いとか、親の人格が未熟だとか、そういうものも、だれの基準なんだろう?と思うんですよね。

性格タイプによって、自然な愛情表現方法は違います。子どもの受け取り方と、親の与え方が、必ずしも一致しないこともあります。

親子の関係性のなかで、あなたが何を感じているのか。そこにヒントがあります。

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