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プロフィール
ばば ももか
心理カウンセラー
\ 扱いづらい私を好きになる!/
高共感体質の生きづらさ専門カウンセリング

HSP/HSS型HSP/エンパスの研究6年目。相談を受けるようになって4年目。

HSS型HSP気質で、高い共感力と両極端な二面性に振り回され、適応障害・摂食障害、愛着の問題を抱えていた。

共感と認知スタイル(ものの見方)が引き起こす生きづらさを解明し、克服した経験をもつ。

230人以上の相談実績があり、分類名の特徴と人格を区別し、本来の持ち味を活かすこだわりがある。

モットーは「生きづらさは自信に変えられる!」

広い世界で自由にラフに生きよう♪

HSPの発信をやめた理由

こんにちは、ももかです。@momohsphss

今月でブログでの発信活動が丸5年になりました。

5年前、HSS型HSPだと気づき、毎日のようにブログやTwitterにHSPの生態研究の考察を投稿していました。

ただ最近は、あえてHSPという言葉を使わなくなりました。

私自身の知識がアップデートされたこと、市場の変化といった複数の理由があって、ちょっと離れてみようと思ったんですね。

詳しい理由を話さない(話せない)でいたのは、頭の整理が追いつかなくて、うまく説明できない状態だったので。

その状態で不特定多数の人が見るブログに公開すると、リスクしかないと思ったから。

なので、メルマガ読者さんだけにリアルタイムで感じたことを伝えていました。ずっと購読してくれている人は、なんとなく経緯を知ってると思います。

今回ちゃんとブログで説明すると決めたのは、頭の整理が進んで、伝えたいことが明確になってきたことがひとつ。

それから、いただいた感想や諸々の様子を見ていて、私の伝えたいことが少しずつ浸透してきていると感じたので。

このタイミングで、改めて記事で話そうかなと思いました。

HSPブームに理解が追いつかない

ずっと違和感を持ちながら、それが何か自分でもわからない状態だったけど。

振り返ってみると、HSPブームでライト層が増えたことで、言葉の活用の幅が広がったんですが、そこに私の理解が追いつかなかったんだと思います。

(活用の幅が広がること自体は、悪いことではないと思います)

ベンチャー企業が急成長して事業拡大し、社員数が一気に増えて、認知度の高まりに対して社内の整備が追いつかない。みたいな。

私としては、もともとHSPってキャラクターとして行動背景を見るものっていう解釈が大半を占めていた気がするんですね。

だけど急速な広まりに伴って、パーソナリティとして扱う人たちが増えた。

変化が苦手で適応するのに時間がかかるので、チクチクと違和感を感じながらも、どうにか当初のメッセージを伝える方法を模索していました。

説明するほど、ほかの発信している人や読者さん、フォロワーさんの文句になっている気がして。そんな自分に嫌気がさしていました。

そうじゃないよ!と正そうとするほど、否定してる気になったし。「むしろ私の認識が間違ってるのかな?」なんて考えて、自信がなくなったり。

市場の変化に混乱して、適応できない自分に苛立って、表現力が追いつかず、迷いが生じたんだと思います。

だから、しばらくHSPという言葉を使わずに説明するチャレンジをしました。

HSPは自分を知る「心の地図」

私のHSPやHSSに関する知識は、みんなと変わらないです。国内で出版された本を読んで、できる範囲で理論を勉強しただけ。

英語の論文で最新の研究データを見てるわけじゃないし、アーロン博士のプログラムも受けてません。

ただ難しいことをわかりやすく言語化するの得意なだけ。ただ発信している歴が長いので、色んなタイプのHSPと話すチャンスがあっただけ。

だけど、【気質という考え方】を使って実生活を好転させるノウハウは、その辺の人より持っていると思ってます。

しかもHSP・HSSという言葉を使わずに、HSP気質を持つ自分について周りの人に伝えて、日常生活で性質を活かす工夫も、強い想いをもって進めてきました。

私自身が、キャラクターとパーソナリティのギャップによる二次的、三次的な問題に対して、気質・性格の枠組みを活用して人生を変えた経験があるし、同じように変化していった人たちも見てきました。

そのなかで培ったノウハウがあります。

HSPは自分を知るために使う心の地図

だと思うんですね。

表現力が足りなくて、なかなか本質的なところが浸透しなかった感じがしています。これは少なからずHSPやHSSの認知度に携わった私の責任です。

気質や性格について改めて勉強しなおして、いまは私の使い方は間違っていなかったと思っています。

勝手に考えていることだけど、HSPはMBTIやエニアグラムと同列の類型論で扱われるべきだと思う。ただ類型論ほど誤解を招くリスクが高いものはない。

だからこそ表現の仕方には慎重にならないといけない、と5年間で学びました。

私はHSPだけど、HSPは私じゃない

わかりにくいのは、私の考え方が「HSPをどうにかしない」ってとこにあるんですよね。

HSPの特徴をモノサシにして自分の反応を観察して、広く深く語る。そこにネガティブ、ポジティブな評価をせず、ただ自分の身体が持ってる生存本能として探求する姿勢です。

私はHSPだけど、HSPは私じゃない。

このニュアンスが腹落ちしたとき、本当の意味で生きやすくなります。

HSPという名前そのものは、1年2組、1年3組、みたいに同じような性質をもつ人を囲って分類しただけのものです。私は1年2組の生徒だけど、1年2組は私そのものじゃないよね?ってこと。

内面を分類する名前に振り回される人は、いまも昔も存在していて、むしろ社会問題だと思います。

病気じゃないと言っても、精神科の先生が説明してる時点で「精神科で扱われるもの」というイメージになる。なかには、とても丁寧に説明している先生もいるし、むしろ病理を扱う人の方が説明には慎重な印象です。

手段と目的

ほかの発信者が何を言っているか、すべてを把握しているわけじゃないので。

この記事は私が理解できる範囲で、知っている限りで、考えをまとめた自論です。

そのうえで興味をもってくれた人は、ぜひ「HSPを取り入れて、どうなりたいのか?」を考えてほしいと思います。

私はHSPという考え方を手段にして、自分らしく生きるという目的のために自分を研究したり、カウンセリングをしたりしています。

あくまで人生の主役は自分自身です。そのために気質・性格の動き(傾向)を把握して、ライフスタイルをデザインしていく方法を発信しています。

アダルトチルドレンブームからHSPブームになったように。いつか、また違う名前が出てきます。

内面を表す名前は道を開き、閉ざしもします。大事なのは、自分のなかで「どう位置付けて受け入れるか」です。

○○障害××症といった医学名だろうと、心理学の名称だろうと、何を採用して、どう意味づけし、どうやって付き合っていくか、あなたに選ぶ権利があるんです。

今後、HSPの情報をどう扱うか、決めかねているところですが。いま言葉にできるところを記事にしました。

私の理解が浅かった部分もあるし、表現スキルが伴っていないところもあって、誤解を招くような情報発信になっていたとも思います。

静かにフェードアウトっていう道もあったけど、やっぱり、ずっと扱ってきたものだから。自分の発言に責任をもつ意味でも、改めて説明しようと決めて記事にしました。

HSPの枠組みを使って生きやすくなる人が増えたらいいなと思います。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

追記

やっと答えが出たので、改めて思っていることを書きました↓

扱いづらい私を好きになる!

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