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プロフィール
馬場 桃香
ばば ももか
~HSS型HSPの『働き方』に特化したカウンセリング~

延べ250人以上の相談実績をもち、「体調不良で諦めた仕事に再挑戦できた」「休日にカフェに行く余裕ができた」「好きなことで人との繋がりをもてた」というお声をいただいている。

自己主張が苦手な人も話しやすい雰囲気作りが得意で、「安心する」とよく言われる。

自身は、HSS型HSP気質をこじらせ、16歳で適応障害と診断され、4年間投薬治療を受けた経験がある。
社会人になり、最年少で昇進、全国トップレベルの営業成績を記録するが、摂食障害、借金200万円、ストレスで潰れて仕事が3年以上続かない、という悩みを抱えていた。

2017年に自分の気質が腑に落ち、「そのままの私で生きる!」と決意。同じように悩んでいる人の力になりたいという想いから、心理カウンセラーの道へ。

現在は、埼玉県の田舎からオンラインをメインに活動中。

「そんなに頑張らなくていいんだよ」と言われると寂しくなる件について

こんにちは、ももかです。@momohsphss

悩みを相談したとき「そんなに頑張らなくてよくない?」みたいな反応されるとき、ありますよね。

もっと優しく「そんなに頑張らないでいいんだよ」みたいな言葉をかけてもらえるかもしれません。

悩んでいる人に頑張れって応援するのは禁句だから、頑張らないでと言う。気を使って負担を減らそうとしてくれる気持ちなんだろうけど、なぜか引っかかる現象。

なんだろうね?

努力を否定された気がする

私がよく言われる言葉トップ3に入るくらいなんですが。

  • がんばりすぎないで
  • 無理しすぎないで

みたいなやつ。

いまなら素直に「そうだよね~」と思うけど、自己否定が強かったときは、モヤっとワードでした。

たぶん、努力を否定された気持ちになるんだと思う。

私利私欲を満たすためじゃなく、その場が良くなるように、期待に応えられるように、みたいな他者目線で動いているから。

「その方向性は求められてないよ」みたいに、自分が提供しているものがズレているのだという評価に脳内変換しちゃうんですよね。

だれも、そこまで求めてないから

みたいな意味に捉えちゃう。

かと思ったら、「そのままでいいんだよ」と言われてもイラっとしてました。

がんばりすぎって、どれくらい?

いつも思っていたのが「頑張りすぎって、どれくらい?」です。

どこまで、どれくらいになったら、頑張りすぎだと思って、その言葉を発しているの?と思うわけです。あなたにとっての頑張りすぎって、何を見て言ってるの?って。

怒りをぶつけるわけじゃなくて、自分で限界を超えている感覚がわからないから、外側からマニュアルをくれよって思っていたんですね。

本人は気づかない

無理しているとき、頑張りすぎているとき。だいたい本人は自覚なかったりするんです。

切羽詰まっていて、立ち止まる余裕もないから。むしろ立ち止まると世界が崩れてしまうような、後ろから煽られている緊迫感があるから。(これも無自覚だけど)

他人から「頑張りすぎ」と言われても、ピンとこないんですよね。

オーバーヒートの感覚に鈍くなる

いつも余力を残しながら過ごしてる人は、たまに限界を超えるとオーバーヒートの感覚にすぐ気づくけど。いつも120%頑張っている人は、オーバーヒートの感覚に鈍くなります。

緊急事態が日常になって、異常が通常になってしまうんですよね。

なんだけど、異常の感覚って神経を研ぎ澄ませるので、脳にとっては麻薬みたいなものです。

平穏な日常が異常だと感じるようになって、離脱症状みたいにオーバーヒートの感覚を欲するようになる。そこまで自分を追い詰めないと価値がなくなると思い込んでしまう。

「そんなに頑張らないで」に反応する2つの可能性

ここまでは、限界の境界線がないために本人が頑張りすぎの感覚がわからず、自分を追い詰めている話をしましたが。

もう少し踏み込んでいくと、「そんなに頑張らないで」という言葉に反応するとき、2つの可能性が考えられます。

他の問題を隠している

ひとつめの可能性は、オーバーヒートの感覚が脳内麻薬になっている話と関係してきます。

心の余裕をなくすほど頑張ることで、自分が他の問題に気づかないように仕向けるんですね。

がんばることで本当に向き合うべき問題を隠していると言えます。

3年前に買った【愛着障害としてのアディクション】という本で、マスキングとして説明がありました。

マスキング:一つのアディクションが他のアディクションの存在を覆い隠しているか、あるいは他のアディクションを正当化している状態

愛着障害としてのアディクション

つまり、問題が問題をカモフラージュしたり、他の問題の正当化に使っている状態ですね。

たとえば、過労で睡眠に支障が出ているけど、寝具が合わないのが理由だと感じて、高額のベッドをローンで購入しちゃうとか。

困っている人のために頑張って尽くす(相手が寂しがっていると思い込む)ことで、自分の寂しさに気づかないようにするとか。

私は障害名で人を分類しない主義だけど、知識として勉強しています。フローレス博士の本は良書だった。

著:フィリップ・J・フローレス

求めるものが違う

もうひとつの可能性は、もっと根本的なところです。

「そんなに頑張らないで」と慰めてくれた人と、そもそも価値観が違うとか、理解が足りていない場合。相手は自分の感覚で「そこ、そんな重要じゃないよね?」と思っているかもしれません。

たとえば、相手が効率を重視してクオリティは二の次にする人で、あなたは時間がかかっても完成度の高いものを提供したいと思っているとか。

相手は好き嫌いをストレートに伝えるタイプで、あなたはオブラートに包んで伝えるタイプとか。

そもそもの気質・性格のタイプが違う場合、頑張るポイントも異なるので、自分と違う努力の仕方をする人を見ると「そんなに頑張らなくても・・・」みたいな感覚を抱く可能性があります。

まずはオーバーヒートの感覚を調べるところから

「そんなに頑張らないで」とか「無理しすぎだよ」と言われて心がザワつく人は、まずは自分自身がオーバーヒートの感覚に鈍感になっていないか調べてみてください。

限界の境界線を引けていないと、心身を壊すレベルにならないと無理していることに気づけなくて、同じような失敗をくり返す原因になります。

心の余裕をなくすことで、本来向き合わなければならない問題を隠しているかもしれません。

ももか

って、私もやりがち汗

相手にわかってもらえない!という寂しさから他者のタイプを推測しても、不確定要素が多すぎて見当違いな予測に終わることが多いので。

まずは自分を知ることから始めると生きやすくなりますよ。

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