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プロフィール
ばば ももか
心理カウンセラー
\ 扱いづらい私を好きになる!/
高共感体質の生きづらさ専門カウンセリング

HSP/HSS型HSP/エンパスの研究6年目。当事者の方から相談を受けるようになって4年目。

HSS型HSP気質で、高い共感力と両極端な二面性に振り回され、適応障害・摂食障害、愛着の問題を抱えていた。

共感と認知スタイル(ものの見方)が引き起こす生きづらさを解明し、克服した経験をもつ。

230人以上の相談実績があり、分類名の特徴と人格を区別し、本来の持ち味を活かすこだわりがある。

モットーは「肩の力を抜いてラフ(Laugh)に生きる♪」

システム手帳にハマり中。
ミニマルライフを目指したい。

内面に名前をつける影響力と問題を切り離す重要性

こんにちは、ももかです。@momohsphss

心の問題とは、どうやって生まれるのでしょうか?

遺伝子・ホルモンの異常、親の愛情不足、魂の修行。立場によって、さまざまな原因が見つかります。

共通点は、すべて人間が考えて名前を付けていること。ということは、心の問題は人間が作っていると言えます。

内面に名前をつけて定義するとき、そこに影響力が生まれます。どんな立場から、だれに対して名前をつけるかによって、意味が大きく変わってくるんですね。

問題が生まれるとき、そこには「問題だ」と感じる人と、その対象が必ず存在します。

内面に名前をつける影響力

私たちは、ごく自然に内面に名前をつけて、コミュニケーションに使用しています。

目に見えない心に名前をつけると、あたかも存在するかのように、日常に入り込んできます。

その名前は医学的な病名だったり、日常会話で使われる比喩だったり。ごく自然に内面に言葉を当てはめて表現しています。

  • あの人は怒りっぽい
  • 私はネガティブなんです
  • 私はうつ病です

など。

こうしたセリフを聞くと、なんとなく理解できた気になるんですよね。

その人が、どんな意味で「怒りっぽい」と言っているのか、わざわざ確認しなくても伝わる便利さがあります。

私が知っている「怒りっぽさ」との違いを検討することなく、話の内容を共有できたと認識します。

社会で認知されたキャラクター

一般的に使われる言葉だけでなく、現代語のような、ある層が頻繁に使う名前もあります。

  • 陰キャ、陽キャ
  • ヲタク
  • 優男

など。

社会でキャラクターとして認知された名前も、その言葉を使えば、どんな人のことを指しているのかイメージを共有できるようになります。

こうして内面に名前をつけると、そこに影響力が生まれます。

誰にとっての問題か

内面を表す名前は、個人的な感覚だけで成立するのではなく、それが社会に許容されて初めて存在し続けます。

「あの人怒りっぽいよね」と言ったとき、相手も怒りっぽい人の基準をもっていないければ、会話は成立しないんですね。

心に問題があると認定されるとき、そこには問題の基準が存在します。問題を問題として採用した何かがある、ということ。

社会による影響

内面を表す名前が社会に許容されて存続するなら、心の問題を問題と認定するのも、社会の影響と言えます。

  • 会社のルール
  • 親の立場
  • 地域の風習
  • 時代背景

など。

これは「社会が悪い」というメッセージではありません。

私たちは自分の感覚だと思っていることも、もっと大きな規模から影響を受けているのだということです。

立場とフィルター

心理の世界では、内面に名前をつけ人々を支援する方法を研究してきました。

目に見えない心に触れるには、どの立場から見るかを決め、その立場で採用されているレンズ・フィルターを使用する必要があります。

次に紹介するのは、ナラティヴ・セラピーの書籍で解説されている、心理療法3つのメタファーです。

故障した機械の修理

このアプローチは、人々を機械やコンピューターのような形で話します。

この説明は、人間の心に関する問題には「客観的事実・真実」が存在することが前提です。そして専門家がエラーを起こしている箇所(不合理な考え、誤った対処方法)を指摘して治療し、能力や技術を身に着ける手立てを伝えます。

玉ねぎの皮をむく

このアプローチは、人間には核となる「内なる自己」「本来の自分」のようなものがあり、それが膜に覆われていると考えます。

問題はその核(愛着の問題、抑圧された感情など)によってもたらされおり、膜を取り払うことが必要だという前提です。

こうした考え方は、膜を取り除いて精神を再構築するようなイメージを伴います。

物語の比喩

ナラティヴ・セラピーは、ここに位置付けられます。

カウンセラーは、実際の経験をもとに、人々が自分自身を形づくり、意味を理解することに関心を示します。

物語には意味を生み出す機能があります。私たちは自分自身に対する物語があるし、他者が作り出した物語に、知らないうちに位置付けられたりします。

参照文献:ナラティヴ・アプローチの理論から実践まで:希望を掘りあてる考古学

正しさの説明ではない

ここに挙げた3つのアプローチは、「どれが正解」と示すものではありません。

多くの人は、人間を故障した機械のように修理しようと一生懸命だし、玉ねぎの皮をむくように因果関係を追い求めます。

そこに3つ目の選択肢として、物語の文脈で捉える方法を加えることは、大きな意味があるように思います。

人と問題を切り離す

社会によって許容された内面を表す名前を使い、心の問題に取り組むとき、「それは誰にとっての問題か」という観点を見落としがちです。

悩みを抱えている本人が「自分の問題だ」と感じていても、その問題は社会文化的な背景によって作られた可能性もあるからです。

朝起きれない

たとえば、朝起きるのが苦手で、毎日同じ時間に会社に通うことが難しい人がいたとします。

これは、何が問題でしょうか?朝起きれないこと?会社に通えないこと?

その人にとって、毎朝同じ時間に起きることが「計画的な自分」を意味しているかもしれません。

決められた時間に会社に到着することは、「誠実さ」を表現すると感じているかもしれません。

では、計画的で誠実であることが、その人にとって重要だと認定された背景には、なにがあるでしょうか?

もしかしたら、過去に褒められた経験があるかもしれません。だれかが「大人は計画的で誠実」というメッセージを発していたかもしれません。

これは、だれにとっての問題でしょうか?

人が問題なのではない、問題が問題なのだ

ここまでの話は、「社会のせいで悪者にされた」という犯人探しがしたいのではなく、人と問題を切り離して考えることで、見えてくるものがある、と伝えたいのです。

私は朝起きれないんです

とか

遅刻ばかりする新人がいて、私の指導力不足に悩んでいます

みたいな関係性から、「朝起きれない」とか「指導力不足」が何を意味するのか、考えていくということ。

人が問題なのではない、問題が問題なのだ

White&Epston:物語としての家族

とくに、悩みの渦中にいるとき、被害者と加害者といった二極化に陥りやすく、「だれを正すべきか」といった思考になりがちです。

そこで内面の定義は社会によって許容され、立場から発生したフィルターを通して、問題として採用され存続していることを考えてみる。そうすると、膠着状態から抜け出す選択肢が増えるんです。

次々に訪れる悩みに対して、【弱体化】という道を考慮すると新たな選択肢に気づけます。

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